楽しければそれで良いのか?【森博嗣】新連載「日常のフローチャート」第32回
森博嗣 新連載エッセィ「日常のフローチャート Daily Flowchart」連載第32回
【効率か快適か、それが問題だ】
落葉掃除の例は、単なる実話であって、適切な例とはいえない。ただ、おそらく今の若者の多くは、僕の奥様と長女のように、楽しく気持ち良く働きたいと思っているのだろうな、と想像できたので、これを書くことにした。
一方で、少し上の世代の上司、経営者たちは、仕事の効率を高めたいと考えているはずだ。情勢や目的、そして少し未来のことを見据えて、それぞれが適切な判断をしてほしい、無駄なことを排除したい、もしわからないことがあったら上の者の指示を仰いでほしい、何をすべきかどうすれば適切なのか、といった判断ができる人に働いてもらいたい、そう考えているだろう。仕事とはそういうものだ、と信じているはずだ。
どちらも、間違ってはいない。否、正しい。だから、議論をしても折り合わない。仕事なんだから効率を求めるのは当然だ、という考えは基本的な姿勢といえるし、また、好きで働いているわけではない、賃金を得るために労働しているだけだから、余計にあれこれ考えたくない、いわれたことはやっているので、それ以上の文句は聞きたくない、少しでも楽しい職場であってほしい、と思う気持ちも理解できる。
そして、その中間というか、中庸を進むのが現実だろう。効率を追求するため上司は指示を与える。それを聞きつつも、仕事仲間とおしゃべりしたり、スマホをいじりながら適当に勤務時間を過ごす部下たち。今時の若者は使えない、しかし怒ったらパワハラになるし、自分だって嫌な思いはしたくない、我慢をするしかない。楽しく仕事をしているのに、いちいち細かいことをいってくる上司には本当に腹が立つけれど、給料は欲しいし、転職なんて面倒だ、辞めるわけにもいかない、我慢するしかない。
中庸とは、両者いずれもが不満を抱え、辛抱している状況といえる。相手を説得しようといった誠実な姿勢は、今では「余計なお世話」になる。放っておくこと、深く関わらないことが、自分の利益になる。だが、それによってグループ、あるいは社会の利益は減少するだろう。
KEYWORDS:
✴︎森博嗣 極上エッセィ好評既刊✴︎
『静かに生きて考える Thinking in Calm Life』
✴︎絶賛発売中✴︎
★森博嗣先生のBEST T!MES連載「静かに生きて考える」が書籍化され、2024年1月17日に発売決定。第1回〜第35回までの原稿(2022.4〜2023.9配信、現在非公開)に、新たに第36回〜第40回の非公開原稿が加わります。
世の中はますます騒々しく、人々はいっそう浮き足立ってきた・・・そんなやかましい時代を、静かに生きるにはどうすればいいのか? 人生を幸せに生きるとはどういうことか?
森博嗣先生が自身の日常を観察し、思索しつづけた極上のエッセィ。「書くこと・作ること・生きること」の本質を綴り、不可解な時代を見極める智恵を指南。他者と競わず戦わず、孤独と自由を楽しむヒントに溢れた書です。
〈無駄だ、贅沢だ、というのなら、生きていること自体が無駄で贅沢な状況といえるだろう。人間は何故生きているのか、と問われれば、僕は「生きるのが趣味です」と答えるのが適切だと考えている。趣味は無駄で贅沢なものなのだから、辻褄が合っている。〉(第5回「五月が一番夏らしい季節」より)。